CASE1-(1)

 彼が夏を嫌いな理由は分かりきっている。


 デブだから。


 でも、夏休みまでは嫌いなわけじゃないようだ。


 この地方では珍しいことに、まだ七月中旬にもかかわらず、すでに何度か三十度越えを記録している今年の夏。百四十センチで九十キロという服を着ていなければ豚にしか見えないデブがぎりぎり正気を保っていられるのは、すぐそこに迫った夏休みが励みになっているからだと思う。


 キンコンカンコン。


 そのデブと僕が通う聖ムスタング小学校は、ちょうど放課後を迎えたところ。


 校舎からランドセルを背負った生徒たちが元気に飛び出していく。


 僕は、その集団からだいぶ遅れて校舎から出た。べつに急いで帰る理由もないし、それよりも何よりも、まもなく四時を迎えるというのに相変わらず太陽は、暴力的な光線をガツンガツンと叩き込んできてるんだ。ただでさえひ弱な僕が今、みんなのように走ったりしたら瞬く間に倒れてしまう。


 トボトボと校門に向かって歩いていると、背後から何かズルズルと引きずる音が聞こえてきた。


 例のデブだ。


 その体型のため、背負えないランドセルを片手で引きずりながら歩いてくる。彼もまた、こんな環境下で走り出すような人種ではない。なんたって冷房が効いた涼しい教室を出てここまで歩いてくる間に、その肉体から流れた汗の量はすでにガロン越え。給食がカレーであったことが一目瞭然の染みだらけのワイシャツが汗でビショビショになっている。
 あれ?


 珍しいこともあるもんだ。いつもこのデブは、眉間に皺を作って不機嫌そうにしているか、暑さのせいで弱りきった表情をしているかのどちらかなのに。今はどちらかというと温和な表情。よっぽど機嫌がいいのかも。


 ついつい話しかけた。


「ねえねえ百次郎くん、機嫌が良さそうだね。今からどこかにお出かけ?」


「てめえに関係ねえだろ!」


 下手にでたら付け上がりやがって、このデブ! ……なんて僕は思ったりはしない。僕がそういう性格だから、というのもあるけど、このデブはいつもこんな感じだから今更あまり気にならないんだ。


 そうそう、ちなみにデブの名前は百次郎。


 僕と同じ三年二組。


「今すぐに目の前から消えな。お前なんかの相手をしている暇はないんだよ」


 こんなにデブなのに用事があるって?


 僕は百次郎くんの悪態を無視して聞いてみた。


「ねえねえ、そんなに急いでどこに行くの?」


「そんな質問してる場合かよ、ユウキ。今から出勤だろ? お前のほうこそ急がなくていいのか?」


「出勤? どういう意味さ」


「今日もサラリーマン相手にご奉仕して稼いでくるんだろ? ……お前の母ちゃんのようになあ。へへへ、精が出ますなぁ。おっと、精を出すのは客のほうか。お前は飲むほうか? げへへへへへ」


 口の端をあげ、いやらしい笑顔をつくる百次郎くん。


「そんなわけ……って、ど、どうして……」


〝お前の母ちゃんのように〟?


 どうして、百次郎くんが僕のママの仕事を?


「へへへへ。冗談だよ、気にするな。こんな小さい町で男娼なんかやっても需要がそうそう無いだろうからなぁ」


「僕のことはどうでもいいよ! そんなことしてないし。でも、どうして僕のママの仕事のことを百次郎くんが知ってるのさ」


「何言ってやがる。お前はどう見ても娼婦の息子だろうがぁ」


 嘘だ。


 ヘンテコな髪型をしてるわけでもなければ、糞みたいなブランドものを着てるわけでもないのだから、見た目で分かるはずがない。ご存知のとおり名前はユウキというわけで、トチ狂ったような名前を付けられたりしてるわけでもない。


 もちろんママの仕事のことは誰にも言ったことはない。


 誰も知らないはずなんだ。


「嘘つかないでよ!」


「俺様にはなんでもお見通しってことだ。まぁ、このことは俺様だけの秘密にしておいてやるよ。……おいおいおい、泣くなよ。今度ピンサロおごってやるからよ。それとも箱ヘルがいいか? じゃあ、マンヘルはどうだ。あ、わかった、M性感がいいんだな?」


「どうして分かったの、ママの仕事」


「はっはぁん、金の心配をしているんだな。俺様を見くびるなよ。五十すぎの立ちんぼすら買えないようなお前らと一緒にするんじゃねえ!」


 そう言って、百次郎くんは分厚い財布の中からキャッシュカードを取り出し、僕に見せつけた。


 百次郎くんの家はお金持ち。


 聖ムスタング小学校は私立だから、ほとんどの生徒がお金持ちの家の子なんだけれど、百次郎くんの家は群を抜いているんだ。


「そんなことより、どうして僕のお母さんのことが分かったのか教えてよ!」


 思わず大きな声を出した。


 それぐらい不思議に思ったんだ。誰にも知られないよう僕たち親子は……いや、まあ、ママはどうだか分からないけど……とにかく僕は今まで気をつけてきたんだ。


 一瞬、困った顔をしたあと、少し考え込む百次郎くん。


「本当に知りたいのか?」


「え? ……う、うん。そりゃ知りたいよ」


 百次郎くんは腕にはめられたピカピカの金色の腕時計を見た。お金持ちがよくつけている時計。いわゆる男のロマン。だけど百次郎くんが付けると下品な代物にしか見えない。


「ふむ。時間もちょうどいいしな。……じゃあ、俺様が今から行くところについてこい」


 時計の見方も分からないくせに何がちょうどいいだ。


「……ついてこいって、どこにさ」


「三丁目公園だ」


 三丁目公園!


「ついこのあいだ殺人事件があったところじゃないか! 行っちゃ駄目だって先生にも言われたじゃないか……あ、待ってよ!」


 僕の声が聞こえてないのか、無視しているだけなのか、すたすたと校門に向かって歩き始めた。

 

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