CASE1-(2)

「百次郎くん、今日も迎えに来てるの?」


「当たり前だろ。俺様はお前ら路傍の石どもと違うんだ。冷房の効いた車に今から乗るに決まっているだろう。そもそも、俺様ほどの男が歩いて帰る理由なんぞないだろうが」


「歩くほうが健康にいいんだよ。それに、三丁目公園って、すぐそこだよ」


「貧乏人による貴重なご意見として承っておく。満足か?」


「……はい」


 百次郎くんは常に自分以外の人間を見下している。もう、これも慣れっこ……。


 校門の前には何台もの車がずらりと並んでいた。全部、お迎えの車。偏差値の低い女子高との違いは、車が全部それなりの高級車だという点。なぜなら通っている生徒がズベ公じゃなくて、おぼっちゃまお嬢ちゃまばかりだから。何度も言うけれど、聖ムスタング小学校は私立だからね。


 だけど、その中でもひと際目立つ大きな黒いピカピカの車。名前は分からないけど、とにかくお金持ちが乗る車。もちろん、百次郎くんの家の車だ。


 百次郎くんの車のそばに一人の男性が立っている。やさしそうなお爺さん。お抱えの運転手さんだ。何度か見たことがある。百次郎くんに気付くと笑顔でお出迎え。「お帰りなさいませ」と白い手袋をはめた手で後部座席のドアを開ける。


 百次郎くんは、偉そうに車に乗り込もうとしたが、その瞬間、僕のほうを振り返った。


「何してるんだ。お前も早く乗れ」


 あわてて駆け出す僕。


「う、うん」


 こんな高級車に乗るのなんて初めて。ちょっとドキドキした。


「ほら、急げ。俺様を待ってるやつらがいるんだ」


 百次郎くんと並ぶように後部座席に座り、シートベルトを締めた。車は静かに走り出した。


 走り出して数秒後に停まった。


「ほ、本当に三丁目公園じゃないか。それにしても、たったこれだけの距離なのにわざわざ車で……」


「つべこべ言わず、とっとと降りろ」


 三丁目公園とは、聖ムスタング小学校から50mほど離れたところにあるヒンデンブルグ町三丁目公園のこと。すべり台と砂場、そしてベンチが一つあるだけの百坪にも満たない小さな小さな公園。


 その三角公園の周りに数台のパトカー。公園内には警察関係者と思われるスーツ姿の人間が何人かいる。何かしらの事件の現場であることは一目瞭然。


「先生にばれたら絶対に怒られるよ……」


 そんなことをつぶやきながらも、僕はこの公園で起きた事件のことを思い出していた。


 女性の死体が発見されたのは、今から二週間くらい前のこと。


 こんな平和な町でなぜ――。


 そんな感じで各局のローカルニュースでひっきりなしに取り沙汰されていたから覚えている。町全体が騒然となった。もちろんムスタング小学校でも話題になった。学校側は、すぐさま生徒が公園に近づくことを禁止にしたんだ。


 たしか、犯人はまだ捕まっていない。


 被害者の女性について僕が知っているのは……ニュースで見た限りでは、ショートカットで活発的な感じの人だったってことぐらいかな。


 通り魔による犯行では無いようだ、というニュースキャスターのコメントを聞いて、「痴情のもつれでしょ、どうせ」なんてママがニュースを見ながら言ってた記憶がある。意味はわからなかったけど、どうやら、男関係が原因で殺されたんだろうってことのようだ。


 でも、いまだに犯人が捕まっていないってことは、それは違ってたってことなんだろうか。


 実際、進展もなかったようで、続報らしい続報もまったく無いんだ。テレビではここ最近まったく扱われてない。学校でも話題にすらあがらなくなってる。


 やっぱりこの時代、人々の興味失わせないようにするには、それなりの話題を提供し続けなければいけないってことなんだよね、と生意気に言ってみる。でも、間違ってるとは思わない。なんたって、僕も今の今まで事件のことを忘れてたほどだからね。


 公園の入り口は黄色いテープが張られていて、立ち入り禁止になっていた。入り口にはお巡りさんまでいる。


 学校からは禁止されていたけど、事件の何日かあとからは普通に公園には入れたはず。なんでまた立ち入り禁止になってるんだろう。それに、なんでこんなにパトカーだったり、お巡りさんが……。


「ちょっと百次郎くん、お巡りさんに怒られちゃうよ!」


 僕の声に耳を貸さず、百次郎くんは何食わぬ顔で公園に入ろうとする。


「お疲れ様です!」


 怒るどころか、お巡りさんは百次郎くんに向かって敬礼した。どういうこと?


「うむ。もう警部補は来ているのか?」


「はい!」


「そうか。……きみ、吉永くんだったな。暑い中、ごくろうだな」


 偉そうにお巡りさんを労った百次郎くんは黄色いテープを潜り、公園内へと入っていく。


「名前まで覚えていただいてて、光栄であります! 先生こそお気をつけくださ……あ、君。今日は公園に入っちゃダメだよ」


 百次郎くんの後をついていこうとした僕をお巡りさんが止めた。


「ああ、そいつはいいんだ。俺様が連れてきたんだ」


「そうでしたか。失礼しました。どうぞ中へ」


「は、はあ」


 なんだかよくわからないけれど、とにかく百次郎くんの後を付いて公園に入った。


「ねえ、百次郎くん。どういうことなの? あのお巡りさん……吉永さんだっけ。百次郎くんのことを先生って呼んでたよ」


「お前は黙って、俺様の仕事を見ていればいいんだよ。俺様がなぜ、お前の母親が風俗嬢だとわかったのかを知りたいんだろうが」


 仕事?


 小学生が? こんなデブの小学生が仕事って。


 しかも殺人現場で?


 デブなのに?


 僕はますますわけが分からなくなった。


 公園内は静かだった。


 何人かのおじさんたち……刑事さんだろうか……まあ、この流れだと刑事さんだろうね……が何やら真剣な顔で話し込んでいる。だけど、以前だったら聞こえてきたはずの子どもたちの声がない公園はとても寂しかった。ただただ暑かった。そして不気味だった。公園の奥では、ここ数週間誰にも触れられていないかもしれないジャングルジムやブランコがただただ太陽に炙られていた。 

 

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