CASE1-(3)

 ここで殺人事件が……。


 しかも犯人はまだ捕まっていないんだよね……。


 ちょっと怖くなった。


「おい、ユウキ!」


 不意に百次郎くんに呼ばれ、思わず体がビクッとなった。おどかすんじゃねえよ、このブタ! 豚人!


「ど、どうしたの?」


「もう駄目だ。のどが渇いて死にそうなんだ。そこの自動販売機でなにか買ってきてくれ」


 たしかに公園の向かい側にジュースの自動販売機がある。


「仕方ないなぁ。何飲むの?」


「……コンデンスミルク」


 自販機でそれを買えと?


「売ってないと思うよ」


「じゃあガムシロップ」


「それも売ってないと思う」


「じゃあ、学校の向こう側の自販機なら売ってるだろ」


「そこの自販機だけじゃなく、日本中のどの自販機でも売ってないと思うよ。っていうことは、日本だけでなく世界中のどこを探しても自販機では売ってないってことだよ。……なんたって、相撲が国技の日本にすら無いんだからね」


「マジかよ! それ以外のジュースは苦いから嫌いなんだよ!!」


 そもそもコンデンスミルクやガムシロップはジュースじゃないんだよ、と教えることが憚れるほど悲しい顔をする百次郎くん。


「コンビニで買ってきてあげるよ」


「本当か!?」


 パッと表情が明るくなる百次郎くん。でも、残念ながら、ただで買ってきてあげるわけにはいかない。


「そのかわりに僕の質問に答えてよ」


「質問だと?」


「殺人事件現場に連れてきたと思ったら、顔パスで中に入れて、それどころか百次郎くんがお巡りさんに先生なんて呼ばれてて……。僕は今、わけが分からないんだ。いい加減、僕をここに連れてきた理由を教えて欲しい。それに百次郎くんがいったい何者なのか。こんなところで仕事って、どういうことなのかをね」


 質問をいっきににぶつけた。


 僕は知りたい。知らなければいけない。このおデブさんにどんな秘密があるのかを。


 百次郎くんは面食らった顔をしてる。


 こういうとき、いつも百次郎くんは「黙れ」のひとことで片付けようとしてくるんだけど、今は違った。僕の質問に答えようかどうが悩んでいるようだ。僕でさえ喉がかわいているんだ。よほど飲み物が欲しいんだろう。


「はぁ……しょうがねえなぁ……はぁ……」


 早く言えよ、このデブ。


 普段はおっとり屋な僕だけど、太った人間の溜息にはさすがに苛ついてしまう。


 百次郎くんはさらに溜息を三回ほど吐いた後、言った。


「……実は俺様、警察のコンサルタントをやってるんだよ」


「コンサルタント?」


「ようするに、事件を解決するための知恵を警察に貸してやってるってわけ」


「知恵?」


 百次郎くんが知恵?


 太っている人は、脳みそまで脂肪でできているはず。それを知恵だって? 何かの間違いだよ。そうに決まってる。


「そう、知恵だ。捜査に行き詰まった事件を解決するためのアドバイスを俺様が警察にするんだ。今日は、公園で起きた事件に進展が無いっていうからわざわざ来てやったんだ。公園を立ち入り禁止にしたのも俺様の指示だ」


「どうして百次郎くんにそんなことが?」


「ふふふふ。俺様がプロファイラーだからだよ」


「……大仁田の技?」


「そりゃサンダーファイヤーパワーボムだろ。どう聞き間違えたんだよ。プロファイラーだ、プロファイラー。プロファイリングをするってことだ」


「プロファイリングって……よく海外ドラマとかでFBIが使ってる、あの?」


 そんな馬鹿な。このデブが? デブのくせに? デブは無能じゃなければいけないのに?


 そう思ったけど、さすがに口には出さなかった。今、この太った人間を怒らせたところで何の特にもならないからね。


 該当のデブ――百次郎くんは満足そうに頷き、そして答えた。


「そうだ。プロファイリングとは、統計的な経験、データ、心理学をもちいて人間の行動の法則性、その人物像などを導き出すものなんだ」


 急に難しいことを。でもなんとなく言ってることはわかる。


 ということは……。


 僕は、校門でのやりとりを思い出した。 


「僕のママのこともそのプロファイリングで?」


「ふふふふ。そういうこった」


 得意気な顔の百次郎くん。


「そんなプロファイリングだなんて大げさな。どうせ見た目とかでしょ? 僕のママ、いつも派手な格好してるから。あ、それとも異常に石鹸の匂いがしたとかじゃない?」


「知らねえよ、会ったことねえもん」


 会ったことない?


 そう言われれば、そうかもしれない。僕のママは学校の行事とかにはあまり顔を出さないほうだ。去年の運動会には来てくれたけど、今年の運動会もロングの指名が入ってしまって来れなかったんだ。


 となると、考えられる理由は……。


「じゃあ、僕の家が母子家庭だからそう思っただけじゃないの? 母子家庭なのにわざわざ私立の学校になんか通ってるから……」


「違う。……あのなあ、俺様のプロファイリングというものは、そんな短絡的なものじゃねえんだよ」


 百次郎くんは、そう溜息まじりに言った。


「じゃあ、もうちょっと具体的に教えてよ」


 僕はどうしても知りたかった。


 百次郎くんが僕のママを風俗嬢だと知った理由を。


 そのプロファイリングとやらをね。


「イソジンだ」


「イソジン?」


 あの、うがい用の?


 百次郎くんは僕の顔を指差した。


「俺様はこの前、お前がイソジンでうがいしてるところを見たんだよ」


「うがい……そ、それだけ?」


 ムッとする百次郎くん。


「それだけってなんだよ。イソジンだぞイソジン。あんなクソ苦いものでわざわざうがいしている小学生なんて娼婦の息子だけなんだよ」


「そんなことないよぉ。それは百次郎くんの思い込みだよぉ」


「思い込みじゃねえ!! 実際にお前は娼婦のガキじゃねえか。そのイソジンだって、てめえの母親に使えって言われて使ってたんだろうが。しかも母親自身が勤めてる風俗店からただで持って帰ってきたやつでな!!」


「確かにそうだけど……でも、それのどこがプロファイリングなの? 思いっきり短絡的じゃないか」


 百次郎くんはワイシャツの胸ポケットから巨大な渦巻き型のキャンディ――いわゆるペロペロキャンディを取り出した。暑さでベタベタになっているけど、おかまいなしに舐めはじめる。定期的に過度な糖分を補充することが、この体型・体重を維持する秘訣なんだろうか。ふと百次郎くんの足元を見ると、百次郎くんの腕などから滴り落ちた汗にアリが群がっている。汗から糖分? 人間の構造的にそんなことがありえるのだろうか。でもまあ、デブとはそういうものなのだろう。


「まったく。はじめから整理してやるからちゃんと聞きやがれ。……お前がイソジンでうがいをしていた。それを見た俺様はプロファイリングした。その結果、お前の母親がビッチだとわかった。……そういうことだよ。わかったか?」


 そう言って満足気な表情になったのだけれども、正直、僕にはさっぱり理解できない。


「ごめん。全然わからないよ。もしかすると百次郎くんが言うところのプロファイリングってのは、ただの偏見……」


「おいおいおい、そこから説明しないといけないのかよ! しょうがねえなあ……」


 百次郎くんは遮るように、再びプロファリングについて語りだした。 

 

 

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